及川眠子さん「誰かが私をきらいでも」は自分を好きになるためのヒントが満載だったよ

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メンタルヘルス

作詞家として有名な及川眠子さんの、エッセイ本を見かけたので買ってみました。

他人に合わせすぎて、がんばりすぎてうつ状態になって、活動休止せざるを得なくなった真っただ中だったわたしは、丸善でこの本を見かけたとき、吸い込まれるように、手にとったのでした。

参考:35歳シングルマザーがうつ状態になって1か月のあいだ活動休止した話

表紙の絵がまたかわいいよね。すごくかわいい。

イラストは北沢夕芸さんという方らしいです。

「誰かが私をきらいでも」について

「誰かが私をきらいでも」は、メイン3章+おまけ1章という構成になっています。

  • 第1章 「人生」が楽になる大事なお話
  • 第2章 「恋愛」で疲れたときの大事なお話
  • 第3章 「仕事とお金」で失敗しない大事なお話
  • 第4章 インスタ映えしない人生。だから楽しい(中村うさぎさんとの対談)

わたしは特に、第1章の人生にまつわる話がすごく心にしみたので、そこメインでまとめます。

ちなみに恋愛のお話については、わたしはあんまり当てはまらない感じがして、読み物として楽しめました。
3章の仕事とお金の話は、共感するところがめっちゃ多かったし、気合が入りました。

というわけで、このブログでは人生のパートばかり言及しますがお許しください。

自分が好きな「自分」であればいい

15~16ページ。

あなたは自分のことが好き?今の自分を愛せる?

この問いに、わたしは、イエスと言えません。
いや、休養しているあいだに少しずつ、自分を否定する気持ちはなくなってきてるけど。

自分が好きな「自分」であればいいとか、「こうなりたいという自分」になればいい、といったことが書かれてて、

でも結局は、これなんですよね。

時には迷いもがきながら、自分自身を追求していった結果が「私らしさ」になる。

今の自分について思い悩まず、とにかく自分のことを好きになって、あれこれやってみたらいい。年を取ってから若い頃の自分を思い出して「ああ、バカだったなぁ」って笑えたら、それでいいじゃない。

で、わたしなんかは自分がどうなりたいのかイマイチわかってないんですけど、その対処法も書いてあってすごく助かりました。

「どういう人になりたいか具体的にイメージできない人は、誰かの真似をしてみるのもいい。尊敬する先輩でもいいし、憧れているタレントさんでもOK。目標を立てれば、自分の行く道がわかりやすくなるよ。

自己肯定を人任せにするのは、他人の時間を奪うこと

17ページ。

自己肯定感というのは、自分で自分を肯定することだけど、それを人任せにしてはいけないという話なんですけど。

でも、わたしのように自己肯定感がない人、自己評価の低い人って、他人に肯定してもらいたがるじゃないですか。

だって、「自分で自分を肯定する」の意味が分からないんだもん!

けど、この部分を読んで、ギクッとしました。

でもね、そうやってあなたの全部を受け入れてくれる人を探そうとするから、自己肯定が大変になる。しかも「あなたのままでいい」と言ってもらうために、話を合わせたり、あれこれ世話を焼いたりしているでしょ?それって自分だけではなく、他人の時間も奪っていることになる。

自己犠牲ばかりして人のためを思ってやってきたわたしにとって、ショックすぎる事実。

「他人の時間も奪っていることになる。」……。

わたしのようにまだ自己肯定というものをよく分かっていない人間にとっては、「自分を認めてあげましょう」といった言葉よりも、正直「他人の時間も奪っている」という言葉のほうが、納得感が強い。

「人様に迷惑かけたくないよー!」ってなるから。

今まで人のために使っていた努力を、自分に振り向けようと思いました。
自分を愛するとか自分を認めるとかよくわからないけど、とにかく他人にそれを求めるのではなく、とにかく自分のことを好きになる努力をしなければ。

自分を好きになる努力をし続ける

33ページ。

前項で「自分のことを好きになる努力」と書いたけど、33ページを読んで、そう思ったんですよね。
こんなふうに書かれていました。

私も無類の自分好きだけど、それは自分に対して自信があるというより、むしろ馬鹿さ加減も含めての自分自身を否定してない、ということ。
客観的に自分を見つめることで自分の欠点もわかってくる。素直に認めて、自分を好きになる努力をし続けると、人からきらわれても平気になるよ。

わたし、自己肯定感って、努力しなくても手に入るものだと思ってたんですよね。

もとから自己肯定感が適切に育っている人は、自己肯定感を育てる努力はしてないはずじゃないですか。
気づいたら持ってた、みたいな。

で、わたしのように自己肯定感を持てずに大人になってしまった人の場合は、カウンセリングだったり治療だったりいろいろしてる中で、「誰かが育ててくれる」と、なぜか思い込んでいたんですよね。

「なぜか」って書いたけど、そりゃ、そう思うでしょ。

だって、努力せず手に入れる人がいる一方で、「適切に育ててもらうことができなかっただけでもかわいそうなのに、そこからさらに自分で努力しないと自己肯定感が手に入らない」とか、めっちゃ不公平やん。

とかね。思っちゃうんですけどね。

でも、よく考えたら顔の美醜なんかも、生まれつきの美人は、その骨格や目の形は努力せず手に入れてるわけで、そこに「不公平だ!わたしも努力せず美人になる権利があるはずだ!」とか言ってたらおかしいよね。

自分のことになると、ほんと現実が見えなくなるよね。
わたしも、自分のこと賢いと思ってた(思ってる)けど、こういうとこはほんとバカだから、この馬鹿さ加減も愛そうと思うよ。

うん、だから、美人になれるようダイエットしたりプチ整形したりプチ整形するために貯金をがんばったりっていうのと同じように、わたしは自己肯定感を持つために努力はしないとな、とか考えています。

あと、わたしの目は二重なんですけど、左右で幅が違うので、その幅をそろえるためのプチ整形もしたいです。

「自分の頭で考える」やり方

44~49ページ。

ここは、わたし自身に刺さったというより、及川さんのたとえの上手さに感動したので紹介したい。

自分の頭で考えられない人ってたくさんいますけど、これも結局、努力が必要なんですよね。
やり方をマスターする。

けど、やり方をマスターすれば、ちゃんと自分の頭で考えられるようになる。

話としては、自分の頭で考えられない人っていうのは頭がからっぽだから考えられないわけで、だからとにかく、知識を入れないといけない。で、とにかくいろいろ詰め込んでいるとだんだん「これは違う」とか「これは好き」とかが判断できるようになってくるんだけど、それが「自分で考える」ということなんだ、っていう。

で、そのたとえが、そのまま引用するのは気が引けるのでぜひ本を買って読んでみてほしいんですけど、要約すると、スーパーで買い物することにたとえてあるんですよね。

スーパーで、他人に「わたし今日何食べたらいいですか?」って聞くの、おかしいですよね。
すぐ人に「どうすれば稼げますか?」って聞くような人がまさにそれなんだよね・・・。

スーパーでは、いろんな食材を見ながら、献立を考えながら食材をカゴに入れていく。途中で「これはやっぱり要らない」と思えば戻したりもするし、買ってきたけど使えず腐らせてしまうものがあったりもするけど、使いこなせなかったものは次から買わないとか、そんなことをしているうちに、だんだん慣れてくる。みたいな。

あと、「アホみたいな思想」に簡単に取り込まれて妄信して自分の考えを失ってしまう人のことも書かれてたけど、そういう経験がある人は本当に、自分の頭で考える訓練をしたほうがいい。

「優しさ」は難しい

64ページ。

わたしは人から優しいとか親切とかさんざん言われてきているんですけど(自分ではやって当たり前と思ってやってただけなんですけど)、でも、わたしの優しさって、なんか違うな、と。

たしかに人のためになっている部分も大いにあるし、それで助かったという人もたくさんいると思う。

けど、やり方を間違えたことも大いにあるなぁ

って、今回活動休止していろいろ考えて、けっこう気付けたと思います。

じゃ、わたしの優しさって何が良くなかったのか、そのあたりを、及川さんが言語化してくださってました。

書かれていたことをわたしなりにまとめるとこんな感じ。

  • 優しさとは「背負わせない」「押し付けない」「気づかせない」
  • 相手が「大丈夫」と言うならあえて踏み込まない
  • そっと見守って、いざというときに手を差し伸べる
  • 相手の「心の陣地」に踏み込まない
  • 見返りは期待しない

わたしの場合、つい踏み込んじゃうんですよね・・・。

べつに相手の気持ちを無視したりはしてないんだけど、相手が自分でなんとかすべき問題にまで手を出してしまう
カウンセリングを受ける中で、わたしはその問題に気付けたので、もう大丈夫だと思いたい・・・。

あと「見返りを期待しない」というのは、そんなの当たり前だし、みんなわかってると思うんですけど、
実際は難しいんですよね・・・。

わたしの場合は、自分が人に優しくされたらとてつもなく恩を感じるし、恩返しや恩送りを絶対にするんです。
そしてなんらかの事情でそれができないとなると、すごくしんどくなる。

だから、そうじゃない人、つまり、感謝しない、お礼言わない、お返しはなくてもいいけどその恩を次の人に送ることもしない、そもそもその発想が無い、みたいな人が、意味不明すぎて。

「こんなにしてあげたのに!」というのとはまた少し違う感じがしますが、純粋に、びっくりしてしまうんですよね。パニックになる。

けど、それ以前に、自分の優しさが、変な方向にいかないようにしたいな。

「名刺を持てるぐらいの趣味」を持つ

68ページ。

趣味があると、自分が苦しいときにプライドを保てたり、それが仕事になることもあるし、やりたいことがいろいろあるほうが楽しい、って話なんですけど。
いつまでも過去の栄光にしがみつくんじゃなくて。

わたしも、「名刺を持てるぐらいの趣味」を持ちたいなー!と強く思いました。

わたし、趣味らしい趣味がなくて。

趣味を聞かれるとだいたい「読書と散歩」って答えるんですけど。

あ、でも実際、今回もう1か月近く休養してて思ったのは、普通に、読書と散歩は大好きだということ。

ま、そもそも心が弱りまくっているから活動量自体が少なくて、その中で家事育児もしてるので、たくさん本を読んだと言っても30冊ぐらいなんですけど。
でも、本当に楽しいの。

わたしの場合、読むだけじゃなくて、面白かったところや勉強になったところをメモしてレポートにまとめる、までがセットなんですけど、超楽しいの。

本を読むというのは当たり前の習慣なんだからあえて趣味というのもな・・・と躊躇してる人も多いと思うけど、それが好きなら趣味っていえばいいと思った。

散歩も。
毎日出歩くほどの元気はないけど、元気なときは歩きまくってます。
猛暑で出歩けないときは、ショッピングモールに行って歩いてました。

ぶらぶらと歩いて、気になるものがあれば足を止めて見て、ほしいものがあれば買ってみて、っていう、そんなことをするのがとても楽しい。

けど、どっちも名刺に書くような趣味ではないからな・・・。
(読書に関しては「書評ライター」みたいな仕事が成立するけど)

薄く広く好奇心旺盛なので好きなことはほかにもいろいろあるけど、何か、名刺を持てるぐらいに、とことんやってみるのは楽しそうだなーと思いました。

まとめ

及川眠子さん「誰かが私をきらいでも」は、今のわたしにとってはすごく、心にしみる言葉にあふれた本でした。

けど、わたしが元気になったとしても、何度でも読みたくなるんじゃないかな、と思います。

あと、読み物としても面白いし、第4章の対談はさすがというか、声出して笑ったところがいくつかありました。

こういう、自己啓発系エッセイもいろいろあるけど、彼女のようにカッコイイ女性が書いている本だからこそ、説得力もあるし、心に効くんじゃないかな。